良くなりたいから打ちに行く 裏目に出る脳の習性

人生がうまくいっている人には「向上心」があると言われます。

より良くなりたいという心は、人が誰でも持つ脳の働きです。

営業マンが大きな仕事を取ってきて上司に褒められると、それが活力となり「よし、次も頑張るぞ」となります。スポーツ選手が試合で勝つと「次も勝つぞ」と思い、それで実際勝ったりします。これをスポーツの世界では「勝ち癖」なんて言いますね。

脳は、自分がうまくやった体験をもう一度繰り返したいと考えるそうです。ひとに褒められたり、評価されたりすると、それをもう一度体験したいと思います。そして自分自身に命令を出します。「次も営業で成功しろ」
「次の試合も勝て」
脳の深いところから来る命令には、ひとに困難を乗り越えさせる力があります。そして、うまくいくのです。

これが良い場合のパターンですが、この脳の働きが悪く出た場合は大変です。もっと褒められたい、評価されたいと思う気持ちは良い方に向かうとは限らないのです。

たまたまパチンコやパチスロに出会ったひとが、「なんだ、全然出ないや。つまんないの」となった場合、あるいはビギナーズラックで簡単に当たって「こんなあっさり当たるの?ふーん」みたいに無感動に終わった場合は、そのひとが依存症になる確率は低いと思います。

でも、自分(黒森)のように、初めてセブン機(死語w)を打った時の大当たりがなかなか来なくて、ハラハラしたあげくに当たった場合は「やったー!」となって、成功体験としてそれが脳に刻みつけられ、「よーし、もう一度やってみよう!」となるわけです。

いまの機種はパチンコもスロットも大当たりになると、そんなに出玉は多くないにもかかわらず、演出はすっごい派手で、この「やった感」をどんどん煽ります。いろんな仕掛けが動き、音が鳴り響き、フラッシュが輝き、

このように大げさに当てた本人を褒めてくれます(笑)。

これが無意識なうちに「褒められた」「評価された」体験となり、脳はそれを追体験するように命令してきます。これが依存症の深みにハマってしまう仕組みです。

一方、家に帰ってからは、家族に「また行ったの?」「馬鹿じゃない?」とさげすんだ目で見られると、無意識はひとをこう仕向けます。「家にいて軽蔑されるよりは打ちに行ったほうがマシだよね?だって、当たったら褒めてくれるんだよ」こうして、依存はもっと深くなります。

家族や知り合いに依存症のひとがいる場合は、言いたいことは山ほどあるでしょうけれど、それはとりあえず我慢してください。

本人が依存症と戦おうとしている場合は、たった1日行かなかっただけでも「すごいねえ」「やれば出来るじゃん」と褒めてあげてください。馬鹿馬鹿しいでしょうけど、それが「評価された体験」となると、彼(あるいは彼女)はしだいに打ちに行くことが少なくなると思います。

「どうせまた行くんでしょ!」と罵倒すれば、本当にまた行ってしまいます。パチンコやスロットは褒めてくれる、人間は褒めてくれない、となれば、褒めてくれる機械のほうに脳は行くように命令をするんです。

何年も機械の煽りに乗せられて打ちに行っていた男(黒森)の経験的結論です。

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